宮沢和史「留まらざること川の如く」

昨年末から始まったツアー"時を泳げ魚の如く"。

そのパンフレットにも収録された曲を呼び水に期待を高められながらのリリースとなりました新譜"留まらざること川の如く"。聴くことが何故か怖く、発売から数か月たった今頃に全曲レビューなどしてみたいと思います。

  

1.Paper Plane

「遅っ!」

というのが第一の印象でした。というのも、宮沢さんのソロ最新作及びベスト盤だった"MUSICK"、THE BOOMの終盤数作を思い返しても、アルバム1曲目はギターやドラムがガツン! とクる曲が定番となっていまして。アンビエント的なサウンドに導かれて始まるアコースティックギターストローク……のリズムが思ったよりまったりで、そんな印象を覚えました。

またこの曲、ネット上で曲のコード進行を調べると、近年の宮沢さんの曲にしては驚くほどシンプルな進行で書かれています。

フォークソングっぽいね」と言われるかもですけれど、若かりし頃、フォークギターで音楽を始め、オーディションで「君は暗いからバンドをやった方がいい」と言われた宮沢さんが今、このタイミングでフォーキーな曲をやることの意義など云々かんぬん。紙飛行機、といわれると陽水さんのライブLP"もどり道"での名演を思い出す僕です。

 

2.歌ったことのない歌

LOVIBE~百景あたりのポップ路線を思い出しつつ、その頃以上に喧しく攻めてくるギターリフ。

20周年前後からTHE BOOMに参加してくれた町田昌弘さんのプロデュース。ライブ中に「この曲はどんな気持ちでプロデュースしたのですか?」と宮沢さんから訊かれた町田さん、「パッといってグッとくる感じで」とのこと。中盤のブレイクのギターとハンドクラップは宮沢さん達より若い世代のアレンジ、って感じで楽しいです。町田さんは僕より年上ですけれど。

 

3.よんなーよんなー with夏川りみ

高野さん編曲、tatsuさん、宮川剛さん、玲子先生、今福さん参加の半分GANGA ZUMBA状態。

夏川りみさんは、宮沢さんが歌手活動休止後に提供された"明日の子守歌"の印象も強く、一周周って夏川さんが強くバックアップ・プロデュースされているような一曲。ゆっくりゆっくり、それでも前を向いて今日よりも明日。頭2曲の町田さんとのプロデュースの違いを聴き比べるのも楽しい。

 

4.梅花藻

昨年末からのツアーパンフレットに先行収録された1曲。コブクロとのかかわりも深いらしいギタリスト、福原将宜さんのプロデュース。

歌手活動再開後、初めて公式にリリースされた新曲。個人的に一番衝撃だったのは

"逆光の彼方へ 霞む気味の背中

 手を振ることが 信じることが

 僕にできるすべてさ"

というフレーズ。十数年前にTHE BOOMとして"君のために歌うことが 今の僕にできるすべて"と歌ってくれていた宮沢さんを知る者として驚き、それでいて"また歌い出してくれた宮沢さん"を迎えた身として、今後の活動ペースへの決意など伺い知り、改めて暖かく迎え入れたくなった一曲。またステージに帰ってきてくれて、本当にありがとうございました。

 

5.亜壇の心

ネーネーズさん達への提供曲。"シンカヌチャー"を共作したディアマンテスさん達のプロデュースであり、THE BOOMのマニアック路線を想起する一曲。さりげなく参加している大城クラウディアさんのコーラスにほっと安心します。

 

6.歌手

"僕はもう 歌手じゃないから

 心のカーテン閉めたままでいい

 僕はもう 歌手じゃないから

 片道だけの 旅に出ればいい"

歌手活動休止期間中、ふと「今の心境を詩にしておこう」とメモのように書き残したら、それが何故か曲をつけやすいフレーズの詞になっていて、「ああ俺はやっぱり作ることから逃げられないんだなあ」と思ったという詩。新譜のレコーディング中に「そういえばあんな詩があったな」と思い出して録っておいた、という曲。

これが歌手活動休止直後にひっそり配信リリースあたりで出ていたら、なんて悪趣味はさておき、宮沢さんの抱いていた、歌手であり続けようとするプレッシャー、重荷を思い知る歌でもあります。

 

7.わしま

梅花藻と同じく先行リリースされていた一曲。映画"Nyaha!"に書き下ろされたもの。アルバム中唯一のセルフプロデュース作。

歌詞には往年のBOOMER諸兄にはうなずけるテーマもありつつ、それでも、あと一歩踏み込ませない印象もうける静かな一曲。アルバム中のインターミッションのような。

 

8.Next to you

Kinki Kidsさん達への提供曲。でありながら、今日に至るまでのキャリア、見守り続けていてくれたファンたちへの静かなアンサーソングであり、今の宮沢さんが歌うことのすべて。

 

 

「"島唄"や"風になりたい"を生んだTHE BOOMのボーカル復帰作!」

なんて神輿は全く似合わないアルバムだと思います。

僕らの目の前でステージを降りていった宮沢さんが、また少しずつ歌い出してくれた、という極めて身近な距離感での復帰作です。

万人へのヒットはそもそも望んでいませんが、僕たちが大好きだった方が、今の足跡として再び作品を作ってくれたことが今はひたすらに嬉しくてなりません。